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<第二回>近藤 大地
このページでは、横浜SMC予備校の講師が日々感じたことや入試情報、授業内容などについて様々な雑感を書き綴ったものを、リレー形式でお届けします。
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近藤 大地(こんどう だいち)

横浜SMC予備校塾長 英語・生物を担当

「自分がなに考えてるかなんて、わかるわけない」ある女の子がそう言った。


「キメラ」と呼ばれるバイオテクノロジーの産物がある。異なった種の動物細胞が一つの個体内に共存している状態をいう。

受精後数日経ったニワトリとウズラの卵。その神経管の一部を入れ替えると、ごくごく大雑把に言って脳はウズラ、身体はヒヨコという、「ウズラヒヨコ」が生まれる。

この「ウズラヒヨコ」は鳴き方や行動様式はウズラのそれである。当然「自分はウズラだ」と認識しているだろう。

しかし、生まれて暫くすると、恐ろしいことが起こる。ヒヨコの免疫系がウズラの脳を「異物」と認識して攻撃し始め、結果、必ず死に至る。臓器移植の拒絶反応と同じ原理だ。

「自分がじぶんだ」と認識しているのは脳があるからゆえだろう。しかしその脳すらも免疫系は「他者」と見なして攻撃する。この「ウズラヒヨコ」については免疫学者の多田富雄先生も名著「免疫の意味論」の中で取り上げていて、詳しくはそちらを参照されたい。

*「免疫の意味論」と「生命の意味論」は何れも大変な名著と思う。是非ご一読することをお勧めしたい。


じゃあ、「じぶん」を決めているのはいったい何なのか。それが曖昧なら、じぶんの考えていることなど分からないに決まっている。

 

他人の考えていることは、もっとわからない。

僕たちが見ているこの世界、僕たちが感じているこの温度、時間、空間。そういった物理量はあくまでもマクロの世界での話であり、ミクロの世界では消滅する。

ミクロの世界では、色彩も温度も音も空間も時間も存在しない。

何と冷え切った世界だろう。

例えば色彩は、電磁波のうちの非常に狭い範囲の波長がいわゆる「可視光線」と呼ばれ、我々人間はそれを認識している(或いはそう信じている)。

「なないろの光」どころではなく、テレビの電波や紫外線、赤外線や放射線、ガンマ線やX線も波長が違うだけで、基本的に同じ電磁波の仲間だ。

そのうち極僅かだけがレンズ眼を通じて網膜上に上下反転した像を結び、三色型の視細胞が興奮する。それを神経細胞の電気的信号に変換し、脳でそれを処理して「赤」「青」「緑」などと感じているのである。

だから「分子」や「原子」、「素粒子」には色は付いていない。「色」という概念自体が虚像であり、ミクロの世界では色は存在しない。「色」はマクロの世界との相互作用で生じる概念だ。

では、マクロの世界に生きているものは同じ光景を見ているのだろうか。

いいや、全く違う。

例えば、犬の場合。犬はこの色彩を認識する細胞をほとんど持たず、その他の明暗を認識するための視細胞も人間に比べて少ない。解像度を上げるための「フォベア」も持っていない。

だから、犬が見ているのは甚だしくピンぼけした白黒の世界だ。

コウモリやイルカは超音波による反響を利用して世界を認識している。潜水艦が使うソナーと同じ原理だ。

生物種がちょっと違うだけで世界はがらりと変わる。僕たちが見ているのは、脳がイメージした世界に過ぎない。僕らが見ている色彩は僕らだけが見ることができる。

もし宇宙人がいるとすれば、僕たちとは全く異なった、想像を絶する世界を見ているはずだ。


それでは、温度はどうか。

「熱い」「冷たい」は僕たちにはごく当たり前の感覚だ。

温度は分子の運動が激しくなり、それが私たちの感覚器官に当たる頻度が上がることによって「熱い」という概念に変換される。

だから「原子一個の温度」というものは存在しない。温度もミクロの世界では消滅する。

では、「音」はどうだろう。

音叉という道具がある。

楽器のチューニングをするときに適当なところで叩いて、

「ラ―――――」

となるあれだ。

これはきれいな正弦波をつくる、A-440Hzの音だ。

しかしヴァイオリンやピアノは同じ「ラ」の音でももっと複雑に違って聞こえる。「ラ―――――」と鳴らしても同時に倍音が鳴っているからだ。当然その波形も遥かに複雑になる。

電子楽器はPM音源やサンプリングした音源で元の音を作り、それを元の楽器の波形を真似して音を加工する。

CDなどのディジタル再生機の原理もこれを応用したもので、オーケストラならオーケストラの波形を高い精度でコピーし、0と1の二進法に置き換えて盤面に記録する。

人間の耳には「可聴域」というものがあって、そこから外れている音はカットする。波長域内のものも、情報を圧縮するためにカットする。

だから、生の演奏で聞こえる音とCDプレイヤーから聞こえる音は、我々人間にとっては「ほぼ同じ音」に聞こえるかも知れないが、実は「全く似て非なるもの」だ。

また、ディジタル信号の0と1の間はカットされている。即ち本来連続的だったものが断続的信号に変換されている。

他の生物がCDプレイヤーの音を聴いたらまったく異なるものとなっているはずだ。

全ての視聴覚用の物品は僕ら人間の、しかも特定の文化圏に属する者たちにしかわからない。

 

じゃあ、時空は?

もしあなたが光子だったら、宇宙の広さはゼロであり、時間という概念も存在しない。

*光速で移動すると時間は経過しない。だから宇宙は「存在しない」ということになる。

つまり、この世界は僕たちの脳が描き出したかりそめのものだ。

* * * * *


「じぶん」や「ひと」は本来わからない。物理的な意味合いでも心理的な意味合いでもそうだ。

ある時は100%の確信を持って信じていたことが、時が経つ(これも人間的な感覚だが)につれて変わってしまうことは、誰でも経験があるだろう。

相当親しい人間同士でも、脳を入れ替えたら想像を絶するはずだ。僕らは、本当は、つながっていない。



わかっていない、つながっていない。だからわかろうとする。だから理解しようとする。

「じぶんは何者か」と問いかけることによって、科学は発展し、文学や芸術も生まれた。

「だれかを理解しよう」とするときに、相手に武器を突きつけたりはしない。世界はより平和になっていくはずだ。

いま、私たちは言語を使い、自らを等比級数的に進化させている。

 

われわれはその真っ只中にいる。

 

だから、かりそめの世界の中で、「未来」を考え、それに向かって「現在」できる限りの努力をすることは、とんでもなく尊いことだと思う。

自己や他者を理解しようとして考える行為も、同様に尊い。「じぶん」を思うとき、そして「他者」のことを考えるとき、僕らは容易に時空を飛び越える。

だから、じぶんのことなどわからなくてもいい。今を全力で駆け抜けろ。

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